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ホームサブchouchouの「夢見るシャンソン&ロック鑑賞、そして百折不撓日記」
サブchouchouの「夢見るシャンソン&ロック鑑賞、そして百折不撓日記」
サブchouchouの「夢見るシャンソン&ロック鑑賞、そして百折不撓日記」:30
2016年12月30日

 皆様、いつもお世話になっております。  

 いよいよ2016年は終わり新年を迎えます。個人的には哀しい年ではありましたが、得たものも多い一年だったと思います。もう世界中でいつ何が起きるのか分からない...そんな混沌とした不穏な情勢の今という時間を生きているのだと思っています。けれど、出来るだけ前向きに、小さくても夢や希望、光や幸せを感じていたいです。こんな時こそ、青空を見上げて夢を語っていたいのです。  

 夢を抱きながら現実を直視し生きるということは相反するものだとは思えないのです。甘いなあ~などと笑われることもあるのですが、私はそのように生きてきた気がします。ガツンと折れそうになる事もしばしば。それでも、これからもそのように生きて行くのだと。人それぞれの人生があり、泣いたり笑ったりして生きている。紛争地で生きる小さな子供達も。空を羽ばたく鳥たちや可憐な花たちも。平和ってなんだろうな?と自問します。答えは実はそう簡単ではない。でも、光をもとめて!時に闇を見つめなくてはならないけれど。  

 音楽や映画は私の友人であり師でもあります。永遠のヒーローであるボウイがいなくなった年でした。秋頃まで何も出来ないようなポカンとした状態。けれど、ボウイ美学から私は何を学んで来たのだろう!と自戒を込めて猛レッスンに打ち込む実践に挑みました。その中で僅かながら見えて来たものを感じています。そして、それはきっと糧となってゆくのだと信じて☆  

 一期一会。ご縁に感謝しております。こんな調子ではございますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 皆様にとって、新年が良き年でありますように!

 いま私にはいくつかの考えの糸口が見えてきたように思います。なぜ一音なのか-。また、なぜ間なのか。-私自身の発音のなかで考えていくしかないように思います。 

 武満徹

2016年11月18日

 2016年11月11日(日本時間)、レナード・コーエンの訃報に涙しました。今も綴りながら。新年早々のボウイの死。悲しみという感情も時を経る中で変化があるようです。個人的なその日のコンディションにも左右される微妙なもの。アンジェイ・ワイダ監督も亡くなり、国内外と思い入れの強い、なにかしらの影響を受けてきた方々の訃報が押し寄せる。まったく哀悼が追いつかない日々。けれど、レナード・コーエンの死はかなり応えます。享年82歳。激動の時代を生きてきたお方。詩人、作家から33歳で表現者としての領域を音楽へも。ずっと後追いの私如きが語るには恐れ多いのですが、それでも私の青春の中に確かに居られるお方なのです。また少しずつ、レナード・コーエンについて感謝の気持ちと共に綴りたいと思います。

 優れた詩人であり、シンガー・ソングライターであり、禅の僧侶でもあるカナダ生まれの漂流の人。レナード・コーエンさん、さようなら。ありがとうございます☆

 今年は哀しみの年のようです...。
2016年06月27日

 本当に世界はカオス化して来たとしか思えません。日本では何をするのか分からない奇妙な隣国との問題が日増しにレベルアップしていますけれど。それにしても、英国のEUからの離脱が国民投票によって過半数を獲得、というニュースは衝撃でした。これから暫くは混乱状態が続くとしても、誇り高き英国の尊厳を強く感じてもいます。このような国の主権に関する大問題はどちらが正しいのかは良く分かりません。ただ、2016年6月23日(日本時間の24日)が歴史的な日として刻まれた事は間違いないと思います。  

 ミック・ジャガーやマイケル・ケインは離脱派、ブライアン・イーノやエマ・トンプソンは残留派の声明を出されていました。洋楽はブリティッシュ・ロックから入った私はやはりこの日の結果が気になっていました。ボウイが生きていたなら、きっとご自分の意見を発していたことでしょう。そんな事を考えながら...。拮抗した結果でしたが、やはり移民(難民)問題が大きいとの事。日本も他人事ではない。政治難民と経済難民は異なるので安易な事ではなく、テロの危険もあり、しっかりした政策が必要なのだと思います。  

 「和を以て貴しとなす」という美しい言葉を持つ日本ならば、異国の人々、歴史、文化、宗教などの差異を認めながらも寛容に受け入れることができるのだと個人的には思っています(不法入国管理は厳重に)。私には生まれて間もなく亡くなった姉がいるのですが、その幼子のために両親が揃えた少年少女全集があります。後に生まれた私はそれらの書物に子供のころから親しみ、今も時折読み返します。日本は稀有なる垂直の国。その意味では英国も然り。同じ島国でもあり、長い伝統と歴史の中には学ぶべきことはあまりにも多い。どのお国にも幾多の動乱の時代を乗り越えて今がある。「温故知新」大好きな言葉。とりわけ「19世紀」に思いを馳せることが多いのですが、その時代のフランスの詩人による大好きな詩を胸に♪

輪おどり

詩:ポール・フォール 訳:西條八十 (西条八十)

世界じゅうの女の子が そろって手と手をつないだら
海をめぐってぐるぐると 大きな輪ができましょう。
世界じゅうの男の子が みんな水夫になったなら
船をならべて波のうえ きれいな橋がかかるでしょう。
だから世界の人たちが みんな手と手をつないだら
世界のはしからはしかけて ぐるりとおどってまわれましょう。
2016年06月07日

 今年も早いものでもう半年近く過ぎました。年明け早々、国内外で様々な事が起きます。明日、何が起こるのか予期できない混沌とした世界情勢の時代を生きています。年末は広島に行く機会があり、小学生以来の広島原爆ドーム、資料館、街並み...に深い思いを抱いて大阪に戻って来ました。

 オバマ大統領の広島訪問、人それぞれ、複雑な気持ちだと思います。私もなのですが、それでも良かったと思えます。  「雨降って地固まる」という諺を教えて頂いた幼少の頃から、この言葉がずっと好きです。人と人、また時には国と国とだって...。英語だと「After rain comes fair weather」が近い様です。

 当店は洋楽を主に扱っていますが、やはり日本語は大好きだなぁと再確認する今日この頃です。総じて、ワールドミュージックが好きなのですが、それは音楽を通じて知らないお国の風情や時代を感じることができるからだと思います。さっぱり分からない言葉でさえ、楽の調べと共に心に響くのです。違うからこそ尊いのだと常々思います。  

 嗚呼、相変わらずボウイロスの日々です。それでも泣いたり笑ったりしながら、今日を、明日を生きるのです。今も避難生活をされている人々も多い。小さな子供たちが送られてきた絵本を愛らしい面持ちで読んでいるニュースがありほっこりしていました。  

 春は過ぎ、細長い日本列島を梅雨前線が北上中です。今日の大阪は雨。雨を窓越しに見つめながら...ふと、大正から昭和の彗星の如き童謡詩人、金子みすゞの言葉を想起していました♪

金子みすゞ  
雨のあと
日かげの葉っぱは なきむしだ、 ほろりほろりと ないている。
日向の葉っぱは わらいだす、 涙のあとが もうかわく。
日かげの葉っぱの なきむしに、 たれか、ハンカチ かしてやれ。
2016年03月11日

咲き誇る満開の水仙

あの未曽有の東日本大震災から5年。避難生活を送られている方々もまだまだ多く。当店は開店から間もなく22年になりますが、これまでに東北の方々からもご注文を頂きお届けさせて頂いて来ました。みんな生活する地域はそれぞれ違うのですが繋がっています。もうすぐ春も本格化!沖縄から北海道まで細長い日本列島に桜が咲き誇ります。どうぞ、皆さま、お元気に日々をお過ごしください。ご縁に感謝しています。被災地に心を寄せつつ♪

花暦・三月 「水仙」 ~希望の象徴として、今年も祈りとともに咲きます。

1995年1月17日阪神淡路大震災の折、皇后美智子様は御所に咲いた17輪の水仙の花を被災地に手向けられました。これを機に水仙の花は「希望の象徴」となりました。そして、2011年3月11日の東日本大震災では、宮城で津波に襲われた女性が自宅のがれきの中に咲く水仙を花束にして「この花のように強く…」と皇后陛下と言葉を交わし、花束は皇后さまの手に渡り、御所へとお持ち帰りになったそうです。手向けられた17輪の水仙はその後エバーフラワー(加工)となり、今も神戸に咲き続け、持ち帰られた小さな花束は人々の記憶に残りました。そして、水仙は復興の希望の花となりました。

《参考・引用》
http://www.tenki.jp/suppl/saijiki_shuuka/2016/03/11/10421.html
国営ひたち海浜公園
2016年02月18日

皆様、いつもお世話になっております。
ラジオのお知らせでございます。

ラジオ番組『simple style -オヒルノオト-』内のコーナー「オヒル ノ オト」(お昼の音)の選曲をさせて頂きました。テーマは自由に決めさせて頂いたのですが、お昼の番組ですので明るめの曲を選びました。私の拙いコメント音声(テーマについて)も流れます。
どうぞよろしくお願いいたします♪

『simple style -オヒルノオト-』
番組は11:30〜12:55の生放送です。
パーソナリティ:リアド慈英蘭(リアド ジェイラン)さん

「オヒル ノ オト」(お昼の音)
2月12日(金)、2月19日(金)の2回
12:07頃〜12:27頃の放送です♪

選曲者:chouchou (RECORD&CD SHOP VELVET MOON)
2/12金 放送
テーマ
『昼下がりのアートポップ☆素晴らしき哉、人生!』

2/19金 放送
テーマ
『昼下がりのフレンチポップ☆シネマティック・シャンソン』

★JFNネットワークで、ネット局はFM群馬、FM石川、FM岐阜、FM三重、
FM山陰、FM岡山、FM徳島、FM高知、FM長崎です。

上記の各ネット局で視聴可能なようですが、
その他の地域の方々はアプリサービスで全国視聴可能です。
ご都合が合いましたら、是非お聴きくださいませ♪

●ドコデモFM●
全国のFM放送を放送エリアにかぎらず31日間無料だそうです。
http://www.docodemo.fm/pc/index.html

●スマートフォンでFMラジオ●
詳しくないのでよく分かりませんが、ラジオが無くても聴けるようです。
http://keitai.fm/kikikata/pc/index.html

番組HP simple style-オヒルノオト-
http://www.jfn.jp/RadioShows/oto/

★大好きデヴィッド・ボウイが亡くなり一ヶ月経ちました。比較的、心は平穏なのですがポカンとした寂寥感はなかなか消えそうにありません。色んな出来事が次々と起こりますが、それでも今を、明日を生きるために光をもとめ続けたいです。

どうぞ、皆様、お体にお気をつけて健やかにお過ごしください。
今後とも、よろしくお願いいたします☆
2016年01月11日

2016年01月03日


2015年12月04日

2015年11月16日

この度のパリでの悲惨な出来事により犠牲になられた方々に哀悼の意を込めて祈りを捧げています。フランスの音楽や映画を愛し続ける者としてささやかながら...☆
2015年10月11日
 「ゲンスブールナイト大阪 2015」無事、大盛り上がりで終了いたしました☆

 私自身は久しぶりにほんの少しだけDJをしまして、お越しくださったお友達からお写真を頂きましたので小さくして載せています♪

 サエキけんぞうさんとグルーヴあんちゃんとご一緒にオープニング・トークも昨年ぶりでした。まったく打ち合わせ無しなのですが、あっという間に楽しく終わりました。録音しておけば良かったのですが、ちょっとドキドキしていたもので...残念ですがいつもこんな調子です。

 何より、個性豊かな出演者やスタッフ、そしてお久しぶりにお会い出来たお客様たち。いつも当店や私を勇気づけてくださる人達、友人達に感謝しています。ご縁を嬉しく思います。

 ご都合が合わず、わざわざご連絡を頂いた方々もありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします☆
2015年10月07日

  詳細は「お知らせ」または ⇑ 画像をクリックしてください♪

★前売りご予約は当店でも前日の夜24時まで承っております。
(このサイトの「お問い合わせ」よりご予約ください。)

今年も「ゲンスブールナイト大阪」が近づいてまいりました☆
昨年は台風で路線が運休となったりと大ハプニングの中での開催でした♪
私chouchouも今回もDJとトークショーで参加させて頂きます。
(from 大阪)はDJとVJなど、グルーヴあんちゃんとVelvet Moonの仲間達で☆

ゲンスブールってだれ?ジェーン・バーキンの名は聞いたことあるけど、フレンチポップって良く知らないな~というお方も、気さくなイベントでバラエティに富んだ楽しいライヴばかりですので、是非、遊びにいらしてくださいませ☆

皆様、お気軽にご参加くださいますよう、
どうぞよろしくお願いいたします♪
2015年10月07日

苦手な夏で絶不調のサブchouchouですが”負けないぞ!”と何に向かって言っているのかも分かりませんが生きています。歳を重ねてきた中でほんの少しずつながら見えてくるというのか、ようやく感じることができるという感慨深い思いに浸っています。私にとって、音楽というものが如何に大切なものであるのか...”大好き!”だとずっと思って来ましたが、よく考えてみると人生を共にしているのです。きっと、数えられないくらい助けて頂いたりエネルギーを頂いたりして来たのだと思います。

80年代育ちのバブルの時代(社会に出てからは下っ端で働き尽くめでしたけれど)をのうのうと過ごしました。多くの浪費の大半がレコードとお洋服。女の子ならもっと可愛い雑貨とかアクセサリーやグルメ...周りの友人たちの多くはそうでしたが、私はレコード屋さんに行く日が何よりも楽しいのでした。私の高校生時代はまだ学校のお休みは日曜日と祝日などで、土曜日は午前中は授業がありました。日曜日は唯一のゆっくり過ごせる曜日なので、用事は土曜日に済ませることを望みました。日曜日は朝早くから起きてレコード鑑賞。プレーヤーに目覚ましをセットし、アームがガチャっと音を鳴らし、その音で爽快に目覚める日々でした。変な音楽を色々セットしていました。MX-80サウンドやレインコーツとか...何故かその当時の私の目覚めに最適だった曲たちがあったようです。そうそう、レコード屋さんに行くと、先ずは「ニュー・リリース」のコーナーに行き、その後は端から端まで見ますので、すぐに時間は経過するのでした。その上、私はゆっくり眺めるのでさらに時間がかかるのでした。今でも遅いです。店主は幾度も買い付けに出向いているので私の何十倍も早いです。時には上から見ただけで作品を見つけることがあります。きっと、同業の先輩方にもそのようなお方はおられると思います。

ずっと中古盤は主に店主の担当で私は新品ものを担当していました。磨いたり大変なのです、中古盤!今は私もその作業に追われる毎日です。手を毎日何度も洗う変な癖があるのでハンカチは常に持っていないと困る子供時代から今も変わらず。中古盤の扱いは慎重ですので大変です。時々手が荒れてしまうこともありますが、昨日も見開きジャケの内側に今までよく読んでいなかった記述に感動的な発見があり大喜び!

ロックとシャンソン、共に大好きです!母はシャンソン好きでもロックを聴いているのを見た記憶がありません。父もです。映画音楽とか日本の歌謡を聴いていました。私はそんな影響を受けながら80年代の音楽を聴きながら古い音楽を平行して聴く中で、次第と古臭いと感じていたシャンソンにいつの間にか魅せられていたのです。母の好きなエディット・ピアフの曲が今は涙が出るほど好きです。年月がかかりました。私が初めて自らフランスのシャンソンを聴いたのはブリジット・フォンテーヌです。そして、フランソワーズ・アルディ。そして、バルバラです!バルバラの音楽を知ることでやっと、シャンソン・フランセーズを意識したように思います。そして、当時再発されていたシャンソンのレコードを色々と買い始めました。日本盤のみの近所のレコード屋さんは、いろんなジャンルの音楽を扱っていましたが、私は片隅に静かに佇む小さなコーナーから選ぶことが多かったです。ダミアのレコードとスロッビング・グリッスルのレコードを同時に買うのです。そんな私の音楽の傾向は今も変わらずますます広がるばかり。でも、核なるものは不変。それらはVELVET MOONでも同じです。

上手い具合に出来ていまして、私は女性ヴォーカルを主に好むのですが、店主は男性ヴォーカルの方をより好み、またはヴォーカルの無い音楽も好みます。私も男性ヴォーカルに好きなお方も多いです。フレンチポップだとやはりセルジュ・ゲンスブールですが、ジョルジュ・ブラッサンス、イヴ・モンタン、シャルル・アズナヴール、ジャック・イジュランをよく聴きます。もっとも新しいお方でリピート率の高いお方はジャン=ルイ・ミュラです。ミュラもベテランの域になっています。

フランス以外のお国ではやはり我がカリスマ!デヴィッド・ボウイ、ピーター・ハミル、レナード・コーエンは無敵です。ビドやローレンス、マーク・アーモンドのヴォーカルも大好きです。そんな鑑賞日記を此方ではと思いますので改題いたしました。宜しくお願いいたします♪

2009.7.18.に書いたものですが本日より再開いたします。

2014年03月03日

 ドイツの美貌の歌姫ウテ・テンパー(UTE LEMPER)は麗しい容姿のみならず、歌手としてもとても優れたお方でコンサート活動も精力的に行っておられる。マレーネ・ディートリッヒとエディット・ピアフを敬愛されており、クルト・ワイル作品などと共に幅広いレパートリーをお持ち。ドイツ語は勿論、フランス語、英語曲も多い。また、映画にも出演されている。女優としての素質はライヴを拝見しても充分に伝わるもので、"天は二物を与えた"稀有なる歌姫のお一人。  

 この『STREETS OF BERLIN』はウテ・レンパーのアルバム『PUNISHING KISS』(2000年)の中に収録されているものであり、ショーン・マサイアス監督の映画『ベント 堕ちた饗宴』(1997年)の中でミック・ジャガーが歌っていた曲でもある。楽曲はこの映画の原作戯曲者であるマーティン・シャーマンとフィリップ・グラスによるもの。この映画は重く悲しいけれど大好きなもの。映画の中ではミックが女装して歌うクラブの退廃的な冒頭シーンと、エンド・ロールでもフルで歌われる曲でもあります。  

 ★下の動画は、カッコいい!ウテ・レンパーの2007年のライヴでの『STREETS OF BERLIN』と、映画『ベント 堕ちた饗宴』のミック・ジャガー(グレタ役として)が歌う素敵な場面です。


UTE LEMPER/PUNISHING KISS 【CD】

「ベント 堕ちた饗宴」 【VHS】

 映画『ベント 堕ちた饗宴』の事は、『クララの森・少女愛惜』にて少し綴っています。

2011年06月18日

 1991年のベルギー映画『トト・ザ・ヒーロー』が大好き!この映画は不思議なファンタジー映画。監督はジャコ・ヴァン・ドルマル。劇中で効果的にこの『ブン』が使われている。この映画のことは以前少し触れています。此方では本家のシャルル・トレネの古い映像がありましたので掲載させて頂きます。この曲は1938年のシャルル・トレネによる作詞・作曲。同年、映画『輝ける道』(ピエール・カロン監督)の中でご本人が歌われているのだそうですが未見です。"チク、タク、チク、チク”や”ピク、パク、ピク、ピク”、そして”ブ、ブン!”と僕らの心が鳴る。この擬音語と軽快なリズム、愉快な歌声が好きです。「シャンソン」にも色々な名曲が沢山ありますが、このようなファンタジックなシャンソンも魅力のひとつです。モノクロの美しい舞台で心和みます。優美な時代に夢を馳せて♪

シャルル・トレネ:CHARLES TRENET  

1913年5月18日生まれ 没年:2001年2月19日  

 ★第二次世界大戦前から戦後にかけて活躍され、多くの名曲を残された「シャンソン」というと欠かせないお方のおひとり。私の個人的な好みですが、幾つものお写真を眺めていると、その朗らかなクルクルした瞳の輝きが好きです。「シャンソン・ファンテジスト」の代表的なお方でもあります。あと、帽子姿が多いです。  

 ベスト盤などに必ずと云ってよい程、収録される名曲に1937年から1938年録音ものが多く、「喜びあり(Y A D'LA JOIE)」「青い花(FLEUR BLEUE)」「王様のポルカ(LA POLKA DU ROI」「ラ・メール(LA MER)」「メニルモンタン(MENILMONTANT)」「ブン!(BOUM!)」「私はうたう(JE CHANTE)」...と大変な時期です。その後も「残されし恋には(QUE RESTE-T-IL DE NOS AMOURS)」「詩人の魂(L'AME DES POETE)」他多くの名曲があります。  

 幼少時から曲を書いていたそうですが、15歳頃にドイツ(ベルリン)に留学されています。美術の勉強をされており絵を描いてもいたそうですが、その道ではなく歌の世界でチャンス到来!そのきっかけとなるお方にマックス・ジャコブとの出会いや映画があります。シャルル・トレネとしての前に「シャルルとジョニー」というコンビで活動されていました。同年代のジョニー・エスというスイス出身のお方と。けれど、戦争という時代もあります。兵役中にも曲を書いていたそうです。『歌う狂人』とも呼ばれる由来は、その在隊中に軍服とも平服とも云えぬ奇妙な格好で町に出向いて歌っていたのを、楽譜出版社のラウル・ブルトンが見初めたことによるものだそうです。愉快なお方です。

 そして、モーリス・シュヴァリエやジャン・コクトーの存在も欠かせません。「メニルモンタン」はシュヴァリエに捧げられた曲です。  

 ※ シャルル・トレネの初期のおおまかな軌跡を以前綴ったものです。私は「シャンソン・フランセーズ」という大きな枠組みでの音楽がやはり好きです。そして、音楽と同等に大好きな映画や文学との繋がりが強い曲が数多くあります。それらはフランスに限りません。音楽と映画が対を成して私の心に刻まれている曲たちは多いようです。

CHARLES TRENET / DOUCE FRANCE

2011年06月15日

 公開時に観てから年月を経た今も私の心に何かが刺さったままのような心の映画の一つである『冬の旅』という映画。アニエス・ヴァルダ監督作品が好きだし、さらに少女モナを演じているサンドリーヌ・ボネールがとても好きです。可能な限り作品を追っています。この『冬の旅』はドキュメンタリー風のロードムービー。18歳の少女が寒い冬の南仏で行き倒れたところから。冒頭から映し出される映像は美しく詩的です。最初と最後は四重奏の音楽が流れます。この少女モナに感情移入できない私がいながらも、羨望のような想いがあったのかもしれません。1985年の作品ですが日本公開は1991年。私は社会人となっていましたが、今よりももっともっと物質的な環境に恵まれて日々を過ごしていました。衝撃を受けたのだとは思いますが感動した映画とは思っていませんでした。  

 マーシャ・メリルという素敵な女優さまも出演されていますが、大半がその土地の人々にヴァルダが台詞を伝えて語っているのです。その人々はそれぞれ個性的です。盲目の老女が出演されます。そのお方と意気投合するモナのシーンが好きです。劇中、もっともモナの素敵な笑顔が見られるシーンです。深いテーマの映画ですので、また観たいと思いますが、大好きな場面は変わらないでしょう。車のラジオから音楽が流れモナの表情が和らぎリズムに揺れるのです。レ・リタ・ミツコの「Marcia Baila」♪この映画と同じ1985年(1984年の1stアルバムからの3rdシングル)のヒット曲です。私はレ・リタ・ミツコが当時から大好きです。2007年にご主人でもあるフレッド・シシャンが癌で亡くなってしまって哀しいのですが、いつまでも彼等の曲を忘れないだろうし、これからもカトリーヌ・ランジェのあの素晴らしい歌声を聴き続けるでしょう。やはり、多感な時期を過ごした80年代という時代は色々な思い出が連なり今も大切なもののようです。  

 原題は「屋根も無く、法も無く」あるいは「ヴァガボンド」。美しく詩的な映像で始まる寒い冬の南仏の木々。アニエス・ヴァルダ監督のナレーションが聞こえる。その中で、少女モナは”海からやって来たのかもしれない”と。凍てつく寒さの中海で泳いでいる。この18歳の少女の死を映し出し、彼女に出会った人々の証言たち。彼等はモナが死んだ事を知らずに語ってゆく。初めて観た折の私は正直モナを好きになれなかった。ヴァルダの作品はそれでも美しく、また、モナの何かが私に記憶され続けていた、今も。年月を経て、今想う事はモナの反抗、自由、孤独の中に見る崇高さのようなものに憧れる。イデオロギーに反発するのでもなく、モナは失うものを持っていない。それは孤独と表裏一体。「孤独」や「自由」って何だろう...人は誰もが孤独ではないか。でも、モナの孤独は死を持って崇高さを獲得したようにも想う。私は「自由」というものを真剣に求めたことなどない。育った環境や教育、モナの年の頃はバブルな時代を過ごしていた。また、私は「失いたくないものがある」。それ故に、社会との鬩ぎ合いの中でバランスを保ちながらどうにかこうにか生きている。ちっぽけな私の愛する王国のために。人生は苛酷なものであるという前提にそれでも、空を見上げることを忘れたくはないと。蒼い幻想...。  

 アニエス・ヴァルダは激動の時代を体験して来たお方。60年代という。この映画の中でプラタナスは重要。アメリカからやって来た菌に侵されたプラタナスは後30年で朽ちてしまうという(ドアーズの音楽が使われている)。それを放っておいてはいけないと研究している独身の女性教授ランディエ。証言の中で、彼女はモナを置き去りにしたことを後悔し、助手にモナを探して連れ戻すように依頼している。けれど、終盤、助手はモナを駅の構内で見つけるけれど、ランディエ教授には見つけたと言わなかった。彼は当初から、モナの汚れた髪や衣服、悪臭を敬遠していた。教授は寛容で「もう慣れたわ」と語っていた。私もモナと知り合えたら慣れていただろうか...。毎日幾度も手を洗う癖のある私がモナの垢だらけの指を我慢できただろうか(これは、単なる私の病理的なことに過ぎないのだ)...。複雑な想いが巡る中、それでもこのモナは光の少女として映る。美しいとも想う、このアンビバレントな気持ち。きっと、私には持ち合わせていない「自由」を持つ少女が羨ましくもあるのかもしれない。  

 それにしても、ヴァルダというお方は強靭だ。純粋無垢な少女として敢えて描いてはいない。モナは行きずりの男性と共に過ごすし、少女の汚れた爪を映し出す。女性監督ならではの感性、と言っても様々なのだと幾人かの女性監督が浮かぶ。私は映画を娯楽として愉しみ、また、多くのことを学び思考を強いられ苦しくなることもある。この作品はそんな一つ。サンドリーヌ・ボネールは撮影当時このモナと同い年位の頃。素晴らしい女優さま!  

モナは旅を選んだ。路上には、日常的な暴力があり、飢えと渇き、恐怖、そして寒さがある。彼女はそれを生き凌ぎ、何事が起ころうと、誰に出会おうとも意に介さない。私自身、彼女にひどくぞんざいにされた。が、それだけいっそう、彼女の孤独に胸をうたれる。(アニエス・ヴァルダ)  

 このお言葉にあるラスト「私自身、彼女にひどくぞんざいにされた。が、それだけいっそう、彼女の孤独に胸をうたれる。」を読み、私は涙に溢れた。上手く心を綴れないけれど、救われた気がしました。

 

 

冬の旅(さすらう女)/ アニエス・ヴァルダ監督
2011年06月14日

我が心に生き続ける永久なるミューズ★NICO(ニコ)あるいはクリスタ・パフゲン その1♪

 思春期に感銘を受けた(時にあまりにも大きな衝撃、ショックとも)ヴォーカルたち。それらが随分の年月を経た今も私を捉えている。とても嬉しい事に思う。ニコ(NICO)という孤高のアーティストは今も私の心の住人であり続けている。音楽(芸術)の不思議な魅力のひとつ。ご本人はもうこの世には存在されないのだけれど...。

 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドより先に私はニコのアルバムを聴いた。その最初の出会いは『THE END ジ・エンド』(1974年)。当時、日本盤で入手可能な作品はこの再発盤だけだったのだ。音楽雑誌で何となく少しの予備知識やイメージは持っていた。しかし、そんなものはどこかにふっ飛んでしまった。でも、直ぐに好きになるとかその様な感覚ではなかったと思う。ただ、今までに聴いたことの無い世界、お声の圧倒的な存在に慄いた。ドアーズの「ジ・エンド」がアルバム・タイトルでありニコがカバーしている。ドアーズのオリジナルの方は、ラジオで「サイケデリック・サウンド特集」のような番組がありエアチェックして聴いていた。でも、ドアーズよりもずっと、ずっと、私はニコの歌う「ジ・エンド」が好きだと思い、今も変わらない。ニコはジム・モリソンと仲が良かったと伝え聞く。追悼の意も込めて愛を込めて自分の歌にしているように思う。

 ニコの『チェルシー・ガール』(1968年)を後で聴いたので、そのギャップに驚いたものだ。ニコのバイオグラフィー的なお話をすればもっと長くなるのでまた追々に。アンディ・ウォーホルのファクトリーに出入りしていた頃、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1stアルバムで3曲ニコのヴォーカル曲が聴ける。後に、当時のニコのお話をモーリン・タッカーが、「それはとても綺麗だった。」と回想し語っていた。その頃のニコは、白いパンツスーツと同じく白に近いブロンドの髪の色だった。うっとりする程美しい!ニコが好きになり、古いアルバムや出演した映画(ウォーホルや、フェデリコ・フェリーニやフィリップ・ガレル作品など)を古い年代順に視聴してみた事があった。髪の色がだんだんダークになり、ファッションも黒に。ニコは神秘的な巫女のようにも感じたりしていたけれど、とてもその時々に身を委ねながらも、実に素直なアナーキストのように思えた。ミステイクも傍らに。

 あのハーモニウムの音色と共に今も目の前で歌うニコの来日が甦る。ニコの英語の発音は歌い易いので勝手に声が出ていた(私はとても歌が下手なのだけれど)。そして、あんなに嬉しい時間をライブで体験した事は数えるくらい。嬉しいという表現は違うかな?見つめながら、歌いながら、最後まで泣いていた。幸せな時間だった。死の少し前の2度目のライブは大きなホールで旧友のジョン・ケイルが一緒だった。長い髪を三つ編みにしてスタンドマイクで歌ったニコ。私のこの2回のニコのライヴは永遠だと思う。生きながらも伝説化されがちだったニコだけれど、とても凄いオーラはあるけれど、人間だった(当たり前だけれど)。あの美しいお顔もむくれ、体型も崩れ、ドラッグ漬けのニコを何度も嫌いになろうとした私。なのに、今でもどうしようもない位に大好きで、今も何を書いているのか分からない程。あの三つ編み姿で歌ってくれた「ユーロジー・トゥ・レニー・ブルース」。清楚な綺麗なニコだった。そして、死とずっと隣り合わせに居たようなお方なので、その死の訪れも早かった。自転車に乗ってお買い物をするニコになっていた時間はそう長くはなく...。

 ニコの音楽、ヴォイスは祈りのよう。時に厳しくもあまりにも優しい崇高な世界。ニコの本名はクリスタ・パフゲン。ドイツ人だけれどトルコとロシアの血が流れている。そして、ニコは生涯放浪の人のような生活。なので、無国籍な雰囲気が漂っていた。そして、いつも孤独だった(のだと思う)。でも、歌(詩)でその孤独を表現する才能があった。なので、生まれ持った美貌はある時、とても邪魔に思っていたのではないだろうか?...と思うことがある。孤独な傷を負った少女は天から授かった美貌を武器に変える事を早くに放棄した。ニヒリストなカッコイイ戦う姿が浮かぶ。イギー・ポップがパンク・ロックの父だろう!デヴィッド・ボウイがニュー・ウェイヴの父だろう!そして、ニコはゴシック・パンクの母的な存在だと思う。ニコは自らの音楽を「ゴシック」と語っていたことを思い出す☆

NICO / THE END

2011年06月14日

美しくも残酷な物語★『二人の姉妹(THE TWA SISTERS)』あるいは『クルエル・シスター(CRUEL SISTER)』  

 私が初めて聴いたトラッドフォークのレコードはサンディ・デニーのソロ・アルバムだったと思います。でも、まだ「トラッドフォーク」という音楽世界のことなど微塵も知らない頃。フォーク・ミュージックというかフォーキーな調べ、繊細な美しいアコースティック・サウンドは既に好きでした。その起源はフランソワーズ・アルディだと思います。この作品は、ペンタングルの1970年4thアルバム『クルーエル・シスター(クルエル・シスター)』です。メンバーはジャッキー・マクシー、バート・ヤンシュ、ジョン・レンボーン、ダニー・トンプソン、テリー・コックスという強力な5人組。古くからの伝承バラッド、トラッドフォークの素材と新しさを融合させた「ペンタングル」独自の音楽世界を物語性を帯びながら、ラストの18分40秒に及ぶ大曲まで聴く者を魅了する名作です。  

 サンディ・デニーからフェアポート・コンヴェンションを知りました。80年代育ちの私は当時ニュー・ウェイヴというインディペンデントから続々と発表される音楽が大好きで、そんな中に「ネオ・アコースティック」というジャンルがありました。「ネオ」とあるのだから本家本元があるのだ!「それはどんな音楽だろう」と思ったものです。既に女性ヴォーカルを優先していた私には、悲しいかな、「ネオ・アコースティック」に女の子ヴォーカルは少ない状況でした。なので、新しく発売される作品と、70年代、60年代と遡って中古盤や再発盤のレコードも購入し、それらの新旧の音楽を平行して聴くようになってゆき、そんな流れの中で、ジャケ買いなのですが、ペンタングルの1stアルバム『ペンタングル』(再発盤レコード)にとても感動して、この『クルエル・シスター』で完璧にノックアウト!という状態となったのです。「美しいけれど悲しい調べ」というのはどんな音楽ジャンルでも私の好きなキーとなるようなのですが、このペンタングルの『クルエル・シスター』を聴いた折は、さらになにかゾクゾクするような「美しいけれど怖い」という印象を強く受けたのです。それは何故かと幾度も聴いているうちに、太古の伝承(バラッド)を元に作られた楽曲たちであること、そんな時空を超えた幽玄美のような世界に魅了されたのでした。そして、トラッド・フォークやフォーク・ミュージックをさらに好きになり今も継続中です。生音も電子音もそれぞれに魅力があるので、私はどちらかを贔屓することはないお気楽者リスナーです。  

 

 この絵はスコットランドの画家ジョン・ファエド(JOHN FAED:1819年8月31日~1902年10月22日)の『クルエル・シスター』です。上記の英国トラッドフォーク・バンドのペンタングルの歌と同名タイトル。私はジャンルをあまり意識せず女性ヴォーカルがいつの間にか大好きになり、今では愛好しているのだという自覚さえあります。少女愛好と無縁でもないのです。そんな中でトラッドフォークが好きになってゆきましたが、何と云ってもあの幻想とロマンの歌詞の世界とメロディに魅了されたからです。そのきっかけとなった曲がペンタングルだったのです。 ロマン主義とも無縁ではなく、美しくも残酷な伝承たちは遥か太古の時代から生き続けている。元来、神話や妖精物語が大好きなので今もまだまだ色々と読んだり鑑賞したり。フランシス・ジェームズ・チャイルド(FRANCIS JAMES CHILD:1825年2月1日~1896年9月11日)というお方の大偉業である『チャイルド・バラッド』の文献の日本語訳(全部ではないけれど)が全3巻として発行された折は飛び上がる思いで、今も机の片隅にいつも居るご本たち。この『クルエル・シスター』は『チャイルド・バラッド』の10番(チャイルド氏の名がリスト番号となっている)の『二人の姉妹(THE TWA SISTERS)』と題されたものと類似したお話。似たお話は、イングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズを中心にヨーロッパ各地までに及ぶ「バラッド集」は幾種類もの文献が存在する。私は特に研究家でもないので限られた手許にある資料を参考にさせて頂いている。

 姉妹物語が好きでもあるので、今日はこの絵に関連した『二人の姉妹(THE TWA SISTERS)』のことを。この絵の三人は、真ん中の騎士と向かって左の女性が姉で右が妹。この騎士は妹を愛しているのだけれど姉の妬みにより、可哀相に妹は姉の手によって川へ突き落とされて死んでしまう。姉は黒髪であることが強調されているようで、妹は金髪で白百合のような手で細い腰の美しい娘である。しかし、姉の手によって溺死してしまう。妹は浮いては沈み浮いては沈み水車の堰まで流れてゆく。粉屋が娘を見つけ、竪琴弾きが通りかかり、その娘の蒼い姿をみつめ泣く。竪琴弾きは娘の肋骨(ほね)で琴を作り、娘の髪で弦を張り、その竪琴を持ってお城にゆく。その音色は石の心も和らげ、その調べは人の心を悲しませる。お城に着き石の上においたその琴はひとりでに鳴り出すのであった。

琴がならした最後の音は
ビノリー ビノリー
「ひどいお姉様のヘレンにわざわいあれ」
きれいなビノリーの水車のほとり

引用:『チャイルド・バラッド』より

 「肋骨(ほね)で琴をつくり」、「髪で弦を張り」という現実的とも非現実的ともいえる表現について、ウィンバリーは「『二人の姉妹』は骨=魂の関係の証拠であり、娘の精霊が髪の毛に現れている」と述べている。なので、琴が妹の化身であるということでもあると、解説にあります。 「ビノリー ビノリー」のリフレインがまた不気味に美しいのですが、こうした伝承バラッドには詳しい舞台設定などは無く、淡々と突発的に物語が進んでゆくのも愉快です。黒い髪の姉は色黒のようであり、この時代「黒い」とか「黒」は不吉な、とか、野蛮、劣悪さの象徴とされていた時代。赤い髪もかなり酷い扱われ方をしてきたので、生来赤毛の私は身につまされる想いでもありますが、こうした伝承世界に有色人種に対する嫌悪は隠せない時代であったことも、長い歴史の中で考えさせられ学びとなると想っています。ちなみに、ペンタングルの歌の最後では、この残酷な姉は涙を流して終わりますが、バラッド詩の中では残酷な姉は妹の呪いの歌声(調べ)を聞きながら終えるのが通説のようです。

 

 

 

PENTANGLE / CRUEL SISTER

 

2011年06月14日

少女時代の甘い夢から醒めては微睡む刻★メレディス・モンク(MEREDITH MONK)を聞きながら♪  

 2年程前にあわや救急車!?という厄介な持病の胃腸障害による激痛に襲われた。暫くして治まりお仕事をしながら聴いていた愛しき音楽。また時期を同じくして何故か私はこのアルバムに呼ばれたかのようだった。膨大な作業が私を待っている。愛しき音楽たち。持病とやらは厄介でどうしようもないけれどこれも私。どうした訳かまったく儲かりもしないお仕事も同様に私の一部のように思えるようになってきた。苦しいなあ・・・ゆえに愛おしい! 

 メレディス・モンクの『DOLMEN MUSIC』は1981年に新譜として発売された折に、行きつけのレコード屋さんの「ニュー・リリース」コーナーで見つけた。全く予備知識無し!完全なジャケ買いだった。今までジャケ買いに関してはハズレが一度も無いことは唯一の自慢かな。レコードだったので、帰宅後、スプレーをかけてドキドキしながら針を下ろす...まだ10代のくせにこういう風変わりなアーティストとの出会いが多かった。それは今もとても影響を受けているだろうし幸運にも思う。とても高いお声から低いお声までを駆使したそのヴォイスはヴォーカルであり楽器だと感じた。このお方の喉は大丈夫だろうか?と思ったりしながら、歌うことなど出来ない私はこの奇妙なヴォイスと音空間に聴き入り魅入った。いつ聴いても、やはり「GOTHAM LULLABY」という1曲目の1975年の曲がたまらなく好き!当時、よく友人たちと好きな曲をカセット・テープに録音しては交換していた。よくこの曲を入れていたのだけれど、反応は無かった。数年後、プログレやジャズも好きなミュージシャンでもあった友人や当店主とようやくメレディス・モンクの素晴らしさについてお話できる日が訪れたのだった。そんなことを思い出す。  

 1981年の私はというと、音楽はボウイ、映画はヴィスコンティ、愛読書はニーチェだった。結構丁寧に書物を読む気質だと思っているけれど、数冊だけはボロボロのものがある。そのほとんどはニーチェで、どうしても手離せなくてボロボロゆえに愛おしい。10代の最も多感な時期に巡り合えた御本や音楽、映画たち・・・不思議な符号が私の10代のあの限られた刻と重なることが多い。活字の力、声の美力を信じている今の私はあの蒼い私を苦笑しながら見つめる。

 難解なニーチェながら私は好きなのだ、何故か今も。理解や研究などできないけれど、あのアフォリズムの数々の中に心に飛び込む言葉が多いから。ニーチェは音楽をとても愛していた。また、音楽と言葉が一致することは不可能だ...というようなことも語っている。メレディス・モンクというお方はご自分の内面から湧き上がる感情を音としてヴォイスで表現する。”歌う”という言葉が少し似合わない時もある。前衛的ではあるけれど、涙が出るほど優しい曲でもある「GOTHAM LULLABY」は不調な今朝の私に届けてくださった音なのだろう。でも誰が?・・・といつも不思議☆

MEREDITH MONK / DOLMEN MUSIC

2011年06月13日

『オルランド』 監督:サリー・ポッター 主演:ティルダ・スウィントン 歌:ジミー・ソマーヴィル(1992年)  

 何からお話したら良いのだろう...もう、全てが大好き!そんな幸せな映画。1992年のサリー・ポッター監督作品『オルランド』。男性から女性に変わった主人公オルランドが、「同じ人間。何も変わらない、性が変わっただけ」と語る。サリー・ポッター監督はさらに天使がオルランドを迎えに来るという夢のような結末で描いている。原作はヴァージニア・ウルフの『オーランドー』。その原作を監督が何度も読み返しては書き繰り返したという。そして、主役のオルランド役にはこのお方しかいないだろう!というティルダ・スウィントン!この中性的な性別を超えた美しい存在。さらに400年もの時空をも軽く超えてしまう。何を着ても素敵なティルダですが、この映画の楽しさのひとつに各時代の様式がお衣装などでも堪能でき嬉しい。ルネサンス~バロック~ロココ~ヴィクトリア時代。このようなコスチューム・プレイの楽しみもあるので文芸や歴史劇が好きなのかも。エンディングの歌では、ジミー・ソマーヴィルとサリー・ポッターがデュエットしている。この曲『COMING』がまた幸福感を倍増するのだ。両性具有という言葉、あるいはアンドロギュヌスについて興味があり調べたりした時期があったけれど、今もこういうテーマは異常に好きなよう。何故だろう?まぁ好きなのだからいい。ヴァージニア・ウルフについても触れたいけれど、またの機会に。でも、ちょっと澁澤龍彦氏のお言葉を追記させていただきます♪

「そもそも、天使は男性であるか女性であるか。― しかし、今日では、この疑問には明確な答えを提供し得るはずであろう。すなわち、天使は男性でもなければ女性でもなく、第三の性、一箇のアンドロギュヌス(両性具有者)にほかならないのだ、と」 

澁澤龍彦 『夢の宇宙誌』 より
 

 ジミー・ソマーヴィルというとファルセット・ヴォイス!そしてゲイであることを公言されているお方であり、80年代からブロンスキー・ビート~コミュナーズ(相棒はリチャード・コールズ)~ソロ活動と現在も独自の表現活動をされている。良い曲多いのですが好き嫌いの分かれるお方のようでもあります。それも個性ゆえ!最近のポップ事情には疎くなっていますが、80年代育ちの私としましては、80年代の男性デュオ(ユニット)って多かった気がします。それもゲイである方が多く、ジミー・ソマーヴィルは早くから歌の中でその問題を取り上げて来られた。今現在よりもクローゼットされていたあの時代に、と思うとますますジミー・ソマーヴィルは勇気と才能に恵まれた稀有なるアーティストのお一人に思えます。このお声を聴いていると心がほっこりするのはやはり美しいからでしょうね☆

O.S.T. / ORLANDO

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